突然の事故による身体と心の痛み 〜植物療法と認知行動療法〜

突然の事故による身体と心の痛み
〜植物療法と認知行動療法〜

 

 

 

 

 

新年開けた1月

予約表には久しぶりの名前

めずらしいな、と思いながら待っていました。

 

 

 

「エスカレーターに乗っていたら、人が上から降ってきたんです」

 

 

 


以前、植物療法のお試しを受け

「気持ちよかったです、また機会があれば。」

にっこりと笑顔で帰られた方でした。

 

主訴である職業柄の腰痛。純粋な身体的疼痛が明確なので

運動療法を理学療法士が担当していました。

 

時折顔を合わせると

お元気ですか〜?とのんびり柔らかい笑顔であいさつをして下さる

清楚で、穏やかな40代の女性です。

 

 

 

 

 

 

 

彼女はエスカレーターに乗っていて

後ろから迫ってくる異音に振り返った時には

逃げられる余地も無く

強烈な衝撃で右も左も上も下もわからなくなり

 

巻き込まれる形でそのまま転落、人が降ってきたのです

 

 

 

 

顔を真っ赤にして、
うなだれるように泣き崩れる彼女。

 

 

「こんなことってあります?、

相手の方、まだ昼間だというのに

お酒を飲んでいたんですよ。

酔っ払っていたんです。

 

信じられませんよね?

なんで私が?こんな忙しい時期に。

 

楽しみだった友人との新年会だったのに

そんな時に、どうして?」

 

 

 

幸い、救急車で運ばれた先での検査では脳や内臓、骨には問題なく

退院したばかり

 

嗚咽まじりに吐き出る言葉と感情に

背中をさすり、隣にすわり、静かに聴く、、、

 

 

 

「全身が痛くて痛くてしかたありません

私、どうしていいかわかりません」

 

 

 

全身が冷えきり硬くなり、いつかのお試しの時の

のんびり柔らかい笑顔でも身体でもありません

現実では考えられない衝撃的な出来事に

心も身体もついていけていない様子です。

 

 

ベルガモット

ペパーミント

フランキンセンス

 

とにかく鎮静、鎮静と痛みの緩和

精油とリンパドレナージュで温めて体内循環の促進

後半になると、スーっと寝息が聴こえ

前半よりは緩んでいる様子ではありました。

 

 

 



「私、もしかして寝ていましたか?

ずっと眠れていなくて、こんなに気持ちが楽なのは久しぶりです」

 

 

「大丈夫です

必ず、身体はちゃんと戻りますよ

任せてくださいね、大丈夫」

 

そこから

担当理学療法士と外傷面の状況を情報共有

身体的精神的サポートをしていきます。

 

植物療法の役割は

・ストレス状態の心身の循環を促すこと

・副交感神経を優位にさせること

・痛みの緩和と自分への安心を実感してもらうこと

 

 

 

2月

 

 

全身の痛みが小さくなっていくことに喜びを感じてきた頃

再び、彼女は泣き崩れました。

 

 

 

「また、人が落ちてきたらどうしよう」

 

「電車や駅や階段も、エスカレーターなんて見るだけで

背中に寒気が走り、怖くなります」

 

 

 

 

 

身体の痛みのやわらぎと引き換えに、現れはじめたフラッシュバック

PTSD:心的外傷後ストレス障害 恐怖心やトラウマです。

 

 

 

彼女は

 

亡くなったお父様から受け継いだ

税理士事務所を1人で切り盛りしている

現在、仕事が繁忙期であること

こんな状態で3月末までに仕事を納められるのか

昔からの顧客も多く責任を持ってこなさなければ

父に申し訳が立たない

 

 

家族は夫、高校生と大学生の息子2人

家事全般は彼女がすべておこなっている

スーパーで買い物する袋を持つだけで、

腕がちぎれるような痛みでどうしようもない

掃除も洗濯も料理も苦痛でままならない

 

 

問題が重なり酷く混乱し、激しく焦りがみえます

ですが、彼女の口から出る言葉は分かっていました。

 

安定とバランスのベルガモットの香りを漂わせながら

彼女の膝に手を置き、泣きじゃくる顔に聞きます。

 

 

 

「今、これまでにないこの辛い状況の中で
一番、それでもやり遂げたいことはなんでしょう?」


「それはやはり、仕事です。どうしてもそこだけは、」

 

 

 

父様から継いだ事務所、そのお客様たちを守りたい。

重ねる時間のなかでその気持ちは痛いほど理解していました。

 

 

 

 

「そうですよね。

今ね。きっと今まで経験したことのない身体と心の時だと思うんです。

だから、今まで通りのことをすべてしようとしなくていいと思うんです。

 

最優先することは

仕事に集中する為にご自身の体力気力の温存を確保しましょう。

 

 

家事の負担を減らすことはできませんか?

旦那様もお元気で息子さんも高校生と大学生。

コンビニだってあるし、自分でできることは自分でしてもらうよう

家族の皆さんに伝えてみてはどうでしょう?」

 

 

「そうですね、

聞いてくれるかわからないけれど、

夫は特に何もできない人だから

どうでしょう?言えたらいってみます」


消極的に曇る表情に胸がキュっとしました。

仕事同様にこれまで妻として母として家族のため、

きちんとしてきた方であることも容易に想像がついていました。

 

 

けれど今、どんなに辛い状態でも

3月末までに仕事を納めることは達成してほしかったのです。

むしろ、その結果にならなくては、

今回の事故の事実を受け入れ、恐怖心やトラウマへの克服も遠ざかってしまうからです。

 

 

 

 

 


「森先生!

私、言えました。

 

今は自分が生きていくことで、毎日精一杯なの!!

だから自分のことは自分でして!って

 

そしたら、息子たちは意外とやってくれて、夫はそれに感化されてます。

 

家の中が変わりました。」

 

 

 

 

 


「うわーーー。

よかったですね。すごいことです!

 

勇気のある一言だったと思います。よく言えましたね。

 

身体の痛みも最初はあんなに痛かったのに

今はこんなに痛みが減ってきてます。確実に善くなっている証拠です。

そして、お仕事は経験というものが備わっていると思います。

 

今回のような状況でなくても、

どんなに大変でもこれまでもたくさんのことを乗り越えてきた事があったと思います。

是非、これまでのご自身を信じてあげてください。

間に合います。大丈夫です。」

 

 

 


「はい!!ありがとうございます!!」

 

 

手を取り合って一緒に喜び涙がでました。

歓喜の声には不安よりも自信が勝っていました。

仕事はしっかり納まる事を確信した瞬間でした。

 

 


さて、次に
恐怖心やトラウマへのアプローチは果たしてどう
するかを考えていました。

 

現在は回避行動だが、今後の生活や仕事において

電車、駅、階段そしてエスカレーターは避けては通れない場所です。

 

事故から2ヶ月。PTSDの慢性化を防ぐ為

心理療法である認知行動療法の提案をしてみようと思いました。

 

 

 

家族へ勇気ある一言を言えた彼女は、必ず勇気ある行動もできるはず。

 

 

 

 

3月

 

 


恐怖心やトラウマに効果的な認知行動療法というものがあることを説明し

特に適しているのは暴露療法だとお話しました。

 

・恐怖に近づき行動を行いながら恐怖に慣れる

・行動しても大丈夫という経験を積み重ねる

・怖くないと思えることで考え方も変化し認知の修正も行われる

 

 


私は、

臨床心理士でもなければ、

これは治療でもありません。

現場に同行できるわけでもありません。

 

私にできる事は、体調に合わせたアロマの調合とリンパマッサージを施すことと、

あとは待つ事。

自分を乗り越えたいと思う彼女の強さを信じる事でした。

 

 

 

行ったり来たりを繰り返しながらも

自分の中に取り入れていくその意志は

着実に、彼女を前へ強く動かしていきました。

 

 

 

そして見事に仕事も無事納め、

恐怖心やトラウマも秋にはクリアしていくことができたのです。

 

 

 

 

 

「必ず、大丈夫。をずっと言い続けてくれたおかげです。

大丈夫って言葉の力ってすごいですね。

どれだけ救われたかわかりません。」

 

とても嬉しい言葉をいただきましたが

ご自身に真摯に向き合える心をお持ちだったから乗り越えられた事実だと思います。

 

 

 

 

 

一年後に会った時には、見慣れない運動着姿で

 

 

「運動を始めたんです。身体を強くしたくて!!

もう、人が降ってきても大丈夫なように。笑 

大丈夫。だよね!先生。」

 

すっかり前を向き、眩しいくらい半袖が似合っていて

彼女の本質的な爽やかな笑顔は、今でも忘れられません。